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大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)4828号 判決

主文

一  被告は原告に対し、金七五〇万円及びこれに対する昭和六三年六月九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、第一項に限り執行することができる。

事実

第一  原告の請求

主文第一、二項と同旨

第二  事案の概要

一  (当事者)

原告は、建物の設計及び工事監理を主として業とする株式会社であり(証人位田英之)、被告は、不動産の仲介・売買・賃貸・工事監理等を業とする有限会社である(争いがない)。

二  (設計等業務委託契約の締結)

原告は、昭和六二年九月三日被告との間で、被告所有の池田市住吉一丁目三〇〇番一、二九七番一、二九一番一(以下併せて「本件土地」という。)上に地下一階、地上三階建鉄筋コンクリート造一二戸一棟の賃貸用共同住宅、延床面積八四一・七六平方メートル(以下「本件建物」という。)を建設するための設計等業務委託契約(以下「本件契約」という。)を左記のとおり締結した(後記3を除き、争いがない。)。

1  業務報酬額 金八三二万円

(一)調査業務(地質調査) 金三〇万円

(二)測量業務(現況測量) 金三〇万円

(三)基本設計業務 金五万円

(四)実施設計業務 金六三〇万円

(五)工事監理業務 金二〇〇万円

(六)申請業務

(1)官民境界明示申請業務 金五万円

(2)確認申請業務 金五〇万円

(3)農地転用申請業務 金五万円

(4)地目変更登記申請業務 金五万円

(七)値引 金一二八万円

2  支払方法

(一)契約時 金二五〇万円

(二)実施設計完了 金五〇〇万円

(三)工事監理終了時 金八二万円

3  ちなみに、値引は、原告が被告から委託された業務(以下「本件受託業務」という。)を全部履行することが停止条件となっていた(証人位田英之、森脇唯保)。

三  (本件受託業務の履行)

原告は、本件受託業務のうち前記二1(五)及び(六)(3)(4)の業務を除く残余の業務をすべて履行した(証人位田英之、森脇唯保、これに反する被告代表者の供述は信用できない。)。

なお、原告は、本件建物の高さを一一・六メートル(本件土地においては建物の高さが一〇メートルを超えてはならないという制限がある。)、配筋を別紙図面(二)表示のとおりとする等の確認申請添付の設計図書(申請用設計図書)と、本件建物の高さを九・八メートル、配筋を別紙図面(一)の表示のとおりとする等の設計図書(実施設計図書)の二種類を作成した(争いがない。)。

四  (本件契約の解除)

被告は、昭和六三年一月二〇日ころ原告に対し、債務不履行を理由に本件契約を解除する旨の意思表示をした(争いがない。)。

五  (争点)

本件の中心的争点は、原告の本件受託業務の履行につき、被告の主張する次のような債務不履行(委任の本旨に従わない不完全履行)があるか否かである。

1  原告は、被告の承諾を受けることなく、勝手に山際一興(被告代表者)名義の委任状及び工事監理者選定届を作成して確認申請をした。

2  原告は、本件土地のうち地目・現況とも田である二九一番一につき農地転用申請をすることなく確認申請をし、確認申請書が池田市農業委員会を経由後、同申請書の敷地地番欄に「二九一-一」と記入した。

3  原告は、建築基準法の規定に適合する申請用設計図書を添付して確認申請をし、大阪府建築部建築指導課に対しては、確認までに敷地地盤を造成して本件建物の高さを一〇メートル以下にする旨の申し出をしながら、被告に対しては、同法の規定に適合しない実施設計図書による工事を施行する旨虚偽の報告し、被告をして同法の規定に違反する工事を施工させようとした。

4  原告は、大阪府建築主事から昭和六二年九月一日付で建築確認申請が認められない旨通知され、確認を留保されていたのに、その旨被告に連絡しないなど、何らそれに対応することなく放置した。

理由

一  後記認定のような事実関係に照らして考えると、原告の本件受託業務の履行につき、被告の主張する債務不履行(委任の本旨に従わない不完全履行)があるとは認め難く、債務不履行を理由とする被告の本件契約の解除はその効力を生じないというべきである。

1  争点1について

被告の主張に沿う被告代表者の供述は、証人位田英之の証言に照らしてにわかに信用し難い。かえって、証拠(乙一の四・六、証人位田英之)によれば、原告は、本件契約に先立ち、山際一興(被告代表者)の承諾のもとに、同人の住所氏名を代筆し、その名下に市販に認め印を捺印して、同人名義の委任状や工事監理者選定届を作成し、昭和六二年六月確認申請をしたことが認められる。

2  争点2について

証拠(甲四、五、乙一の一、証人位田英之、森脇唯保、白石公通、調査嘱託)によれば、原告は、本件契約に先立ち、被告代表者から、本件土地のうち二九一番一(地目は田)は現況が宅地(駐車場)であるため農地転用申請は必要でない旨言われ、現況がそのとおりであったことから、当該申請をすることなく、最初から確認申請書の敷地の地名地番欄に右土地を含む本件土地全部を記入して確認申請をしたこと、右確認申請書は、池田市農業委員会においてチェックを受けることなく同委員会を経由し、大阪府建築主事のもとに送られていたことが認められ、右認定に反する被告代表者の供述、証人白石公道の証言中、右認定に反する部分は信用できない。

3  争点3、4について

証拠(甲二の一・二、三の一ないし六、五、乙一の一ないし三及び一の七ないし一九、二の一ないし五一、証人位田英之、森脇唯保、松本隆雄、山口勝久、被告代表者)によれば、次の事実が認められ、被告代表者の供述中、右認定に反する部分は信用し難い。

(一)  本件土地においては建築物の高さは一〇メートルを超えてはならないという制限があり、これを超えるときは近隣住民の同意等の要件が必要であった。原告は、本件契約に先立ち、施主である被告の計画案に従えば本件建物の高さが一一メートル位になるため、右高さ制限のことを被告に説明したところ、被告からは、近隣住民の同意を得ているとの返事がなされた。しかし、工期の関係ですんなりと確認を受けたいと考え、近隣住民の同意書を作成添付する方法をとらず、建物の高さを九・八メートル、配筋を別紙図面(一)表示のとおり(一部U字型擁壁を使用)とする等の申請用設計図書を作成し、これを添付して、昭和六二年建築確認申請をした。

(二)  その後、原告は、近隣住民の同意があるとの被告の返事もあり、被告の計画案に従った実施設計図書でも、敷地に盛土をして地盤面を高くすれば、本件建物の高さを一〇メートル以下に収めることができるので、被告との打合せに基づき、本件建物の高さを一一・六メートルとし、また、被告の予算の都合から、配筋を別紙図面(二)表示とおり(安くて耐久力のあるL字型擁壁を使用)とする等の実施設計図書を作成した。原告は、確認申請にあたり、大阪府建築主事に対し、確認まで敷地地盤を造成して本件建物の高さを一〇メートル以下にする旨の申し出をしていたため、右建築主事は、その造成完了を裏付ける資料の提出があるまで確認を留保していた。

(三)  原告は、被告の意向を汲み、本件建物建設工事の施工業者として、競争入札の方法により選定した株式会社松本建設(以下「松本建設」という。)を被告に紹介し、これを受けて被告は、昭和六二年九月初めころ松本建設との間で、本件建物の建築請負契約を締結した。その後地元の知合いから松本建設の悪い評判を聞いた被告は、同年九月ころ原告を通じて松本建設との間で右請負契約を合意解除し、同年一〇月ころ株式会社銭高組(以下「銭高組」という。)に対し、原告作成の設計図書を預けて本件建物の建築請負の見積りの依頼した。ところが、被告は、銭高組から、原告が二種類の設計図書を作成しており、そのうち実施設計図書により工事を施工すれば違法建築になるなどと言われたため、原告に対して不信感を抱き、同年一一月ころ銭高組との間であらためて設計等業務委託契約を締結し、銭高組に右業務を履行させようとしたとこから、敷地地盤の造成がなされないまま推移した。そして、銭高組が確認申請をすれば原告のそれと重複すると考えた被告は、昭和六三年一月ころ原告に対し、原告が先になした確認申請を取下げるよう要請したため、原告はやむなくこれに応じて同月二〇日ころ右申請を取下げるに至った。

二  被告の本件契約の解除は、民法六五一条の解除としての効力を有するものと認めるのが相当であり、本件契約は、受任者である原告の責めに帰することのできない事由により中途で終了したものというべきである。したがって、原告は被告に対し、原告の履行にかかる本件受託業務の割合に応じた報酬、すなわち、業務報酬額金八三二万円から原告が履行していない業務報酬額合計金二一〇万円を差引いた金六二二万円に、値引金一二八万円を加えた金七五〇万円及びこれに対する弁済期経過後である昭和六三年六月九日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を請求することができる。

(裁判官 竹原俊一)

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